ー 藤森神社 ー


 家が藤森神社の近くにあるので、子供の頃から慣れ親しんだ所だ。子供のころは、こう言っては失礼だが、綺麗な神社というイメージを持っていなかった。

 小学校も近かったので、この神社で遊んだり、ここを通り抜けて家に帰ったりしていた。私は、あまり伏見稲荷が好きではない。というのは、小さな頃、父からこう聞かされていたからだ。「稲荷はな、藤森さんに米俵一俵分の土地をくださいと言って、その米の苗を一本づつ四角に土地を囲うように植えて、広大な土地を藤森神社から奪ったんだよ。」

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 子供心にも、そのやり方に憤りを感じたのを覚えている。賢いなぁと感心はしなかった。どうしても、今は繁栄の盛りに思える伏見稲荷と比較して、藤森神社の方が好きだ。昔はなかった行事ができたり、竹藪だった土地は綺麗に整備されて、今は昔の面影はない。しかし、ここに来ると何故かほっとする。

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 今朝は早くに散歩に出かけた。陽は昇りかけていたが、まだ夜の明け切らないうちに行くと空気が澄んでいて気持ちが良い。早くもお参りに来ている人もいる。竹箒で境内を掃除するご老人、刈込み鋏で枝の剪定をする人たちに挨拶をすると、「おはようございます」と丁寧に返していただける。

 カメラを構えても、何事でもないように見過ごしていただけるのが、返って嬉しい。そんな今朝の散歩だった。

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<以下、ウィキペディアより引用>

藤森神社(ふじのもりじんじゃ)は、京都府京都市伏見区深草に鎮座する神社である。旧社格は府社。

5月5日に行われる駈馬神事や、菖蒲の節句の発祥地として名高い。6月から7月にかけて紫陽花苑が公開され、3,500株にもおよぶ紫陽花が見もの。


                         「藤森神社」へのリンク



  ー 歴史 ー

 
創建年代や祭神には諸説ある。社伝では、神功皇后摂政3年(203年)、三韓征伐から凱旋した神功皇后が、山城国・深草の里の藤森に纛旗(とうき、いくさ旗)を立て、兵具を納め、塚を作り、祭祀を行ったのが当社の発祥であるとしている。当初の祭神は、現在本殿に祀られる7座であった。藤森の地は現在の伏見稲荷大社の社地であったが、その地に稲荷神が祀られることになったため当社は現在地に遷座したと言われている。そのため、伏見稲荷大社周辺の住民は現在でも当社の氏子である。なお、現在地は元は真幡寸神社(現・城南宮)の社地であり、この際に真幡寸神社も現在地に遷座した。

本殿は東・中・西殿の三座から成る。

東殿は、天平宝字3年(759年)に藤尾の地に崇道尽敬皇帝(舎人親王)を祀る神社として創建されたもので、元は藤尾社と称していた。永享10年(1438年)に当社に合祀された。

中殿は正徳2年(1712年)に中御門天皇より下賜された宮中内侍所であり、現存する賢所としては最も古い。

西殿は、延暦19年(800年)に早良親王を祀る神社として塚本の地に創建され、文明2年(1470年)に当社に合祀された。早良親王は生前当社を崇敬していた。陸奥で反乱が起こったとき、早良親王は征討将軍となり当社に詣でて戦勝を祈願した。その出陣の日が5月5日で、これが現在の駆馬神事の元である。


本殿の左右後方にそれぞれ末社の八幡宮、大将軍社の社殿があるが、永享10年(1438年)の建築当時はは本殿と並んで一列に建っていたと見られている。

吉田兼倶の「藤森社縁起」、あるいは『拾遺都名所図会』巻五[6]等によると、光仁天皇の天応元年(781年)、に異国の蒙古が日本へ攻め寄せ、早良親王が大将軍となり率いた軍勢がこれを退けたが、その際当社に祈願したことより当社に弓兵政所の異名がつき[2]、また境内にある蒙古塚は、この時の蒙古軍の大将の首を埋めたものと伝わる。

拝殿のそばに「むらさきの 雲とぞよそに 見えつるは 木高き藤の 森にぞありける」という待宵の小侍従作の歌碑があり、古に藤の叢林があったと思われる。

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  ー 特色 ー

駆馬や菖蒲→尚武・勝負の連想、武神が多く祀られていること、また明治時代から第二次世界大戦終了まで周辺が軍用地であったことから、馬と武運の神社として信仰を集めた。現在は馬と勝負事の神社として知られており、競馬関係者・ファンの信仰を集めており、競走馬の絵馬が多数奉納されている。また舎人親王を祀ることから学問、特に受験での勝運をもたらす神社とされる。神社の森は東隣にある京都教育大学の豊かな樹木群に連なっており、一体化した森のようになっている。
藤森神社の氏子の居住範囲は藤森神社周辺から北側へ、伏見稲荷大社周辺を含みJR京都駅近くまで広がっている。このため伏見稲荷の氏子が多く居住するのは本体の稲荷社の周辺ではなく京都駅より西のJRの南北の区域となっており、この点に関して「もともと藤森神社があった土地に後から伏見稲荷が来た」という内容の説が多数残っており、上記神輿の伏見稲荷境内への巡幸もこの説を根拠の一つとなっている。

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  ー 夜の鴨川 −

 祇園祭の山鉾巡行も終わり、落着きを取り戻した京都。やはり、この静けさが良い。夜の宮川町もしっとりとした静寂の中に、美しく澄んだ三味の音が聞こえて来る。鴨川も見慣れた流れになって、川面に映る灯が綺麗だ。夜の帳が下りると昼間には見えなかった風景が人々の目を魅了する。

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「京の夜」と呼ぶに相応しいところを、カメラに収めた。



     − 京の花街 −

 京都には、6つの花街がある。上七軒、祇園甲部、祇園東、嶋原、先斗町と宮川町だ。いわゆる京都の六花街と呼ばれる所だ。嶋原以外の京都花街組合連合会に加盟している5つを総称して五花街と呼ぶこともある。しかし、京都で一般には、祇園甲部、上七軒、宮川町の順で知られており、「京の花街は3つある」と思われている。
 事実、他の3箇所は花街とは言えない向きがある。嶋原は、江戸の吉原と比較される遊郭だった。江戸時代には現在の東本願寺の北辺りにあった廓(くるわ)が1641年(寛永18年)に現在のJR丹波口、中央卸売市場近くに移転された。「島原太夫」(漢字が違う)は有名で、今も嶋原には芸妓や舞妓が行き来するので、関係者は遊郭と思われるのを嫌がり、花街と呼んでいる。しかし、やはり遊郭のイメージは払拭できずにいると私は思う。

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 忠臣蔵で有名な大石内蔵助が山科から通った2つの遊郭、「橦木町」と「一力」も有名だ。「橦木町」はその痕跡を石柱の碑に残すだけになり、「一力」の方は、現在、京都で最も格式の高いお茶屋(芸妓を呼んで遊ぶ店)の一つとして知られている。ちなみに、私の住む京都の墨染は橦木町に近い。私が小さな頃は昔の遊郭の跡が多く残っていた。

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 先斗町は、「ぽんとちょう」という読み方が京都らしいが、今はかつてのお茶屋が町屋風カフェやダイニングに変わり、かつての風情はなくなっている。少なくとも20年前までは、花街と呼ぶに相応しい風情があった。今や若者の歓楽街に成り下がっていると思う。確かに、数件の店には芸妓や舞妓が今も出入りはするが。稲荷大社や清水寺が観光地になってしまったのと同じ巡り合わせを辿っている。
 花街の話になれば切りがないので、ここまでに留める。また、京都の地名についても別の機会に紹介したい。
 さて、結論から言えば、私は宮川町が一番好きだ。祇園が観光地になり、せっかく風情のあるお茶屋さんも、観光客の多さと派手な服装で、先斗町と同じ運命を辿るのではないかと危惧する。しかし、先斗町と違うのは町屋を改造して入る店が違うことだ。ライカ京都店やHUBLOT(ウブロ、スイスの高級腕時計)京都店などが、その象徴的存在だ。入っても値段を見た途端に店を出る人が多い。格式だけは守られると期待している。

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 縷々綿々と書いてきたが、宮川町は今も、昔の祇園や先斗町、上七軒の風情をそのままに、昔ながらの花街らしい。石畳の路地のような道の両側にしっとりとしたお茶屋さんや料亭が並んでいる。観光客も何故かここでは見ない。ほっとする京都の町通りだ。



  ー 京都・祇園祭 ー

 祇園祭と言えば、宵山と山鉾巡行が有名で、その数日が祇園祭だと思っている人も少なくないと思う。しかし、祇園祭は7月1日から31日まで、毎日、何らかの神事や行事があり、一ヶ月に渡る祭だ。京都の町衆の底力なしには、成り立たない日本の祭の代表中の代表とも言える。以下は、京都市観光協会に紹介されている主な行事であり、この他にも重要な神事や行事がある。

■ 吉符入  7月1日~神事始めの意味で各山鉾町において、町内関係者が本年の祇園祭に関する諸事打合せをする。

■ くじ取式 7月2日 山鉾巡行の順番をくじによってきめる式。

■ 神輿洗 7月10日午後8時頃、神輿3基のうち中御座の神輿をかつぎだし、四条大橋まで運び、鴨川の水で洗い清める。

■ 前祭 鉾建て・前祭 山建て 山建て 7月11日~14日 7月10日~11日各町では巡行の山鉾が収蔵庫から出されて組立てられる。 鉾の組立ては伝統の手法で行い3日間を要する。
(今年は豪雨のため日程が後に下がった。)

■ 山鉾巡行・前祭(さきまつり)巡行 7月17日午前9時 四条烏丸出発。23基の山鉾。四条烏丸 (午前9時00分) →四条河原町(9:35) → 河原町御池 (10:20) → 新町御池(11:20)

■ 後祭 山鉾建て 7月18日~7月21日 後祭の山鉾10基の組み立てが行われる。

■ 後祭(あとまつり)宵山7月21日~7月23日 山鉾の建てられている町内は車両通行止めとなりますが、四条通等の歩行者天国はありません。露店の出店はない予定です。

■ 山鉾巡行・後祭(あとまつり)巡行 7月24日午前9時30分 烏丸御池出発。10基の山鉾。

烏丸御池 (午前9時30分) →河原町御池(10:00) → 四条河原町(10:40) → 四条烏丸(11:20)

■ 花傘巡行 7月24日後祭の山鉾巡行が17日の前祭の山鉾巡行に合同した約50年前に、 山鉾の古い形態を再現するねらいではじめられたもので京都花街のきれいどころの踊、鷺舞、六斎念仏、子供神輿、祇園ばやし、稚児など総勢千人の行列がつづく。
 八坂神社(午前10時00分) →四条寺町 → 寺町御池(10:50) → 河原町御池 → 四条河原町→ 八坂神社(12:00)

■ 神輿洗7月28日10日の神輿洗と同様、四条鴨川で洗いきよめ、午後8時頃神社へかえる。

 <京都市観光協会HP提供>(クリックで拡大) Link:■□ 京都観光協会 □■

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     ー 鉾建て ー

 今年の鉾建ては、あの全国的に被害をもたらし、京都も鴨川が氾濫しそうだったほどの豪雨のため、鉾建ての日程が止むを得ず変わった。
 上の図にある鉾は、道具は使ってもガソリンエンジンや電力は一切使わず、すべて人力で建てられる。「鉾建て」は、京都人にとっては、見るのに十分値する壮観な光景だ。まず、土台を縄だけで組み立て、それを一旦横に寝かせて、鉾の中心を貫く「真木」を建てる。これも大きな縄を屈強な大人が数人かかって、引き上げる。暑い中の作業で、汗だくになりならが縄を引く姿に、見物客からも思わず、「頑張れー」の声が響く。大縄を引く人は、交代しながら真木を引き上げる。20分〜30分ほどかかって、真木を土台に入れ込むと、今度はそれを立たせる。繰り返すが重機など一切使わない。大変な作業だ。
 錦の綺麗な衣装を纏うまでは、見事に巻かれた縄が見える。この図を写真にする人も多い。煌びやかな鉾も本当に綺麗だが、言わば素のままの鉾も見事だ。様式美がある。

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鉾を組み上げる作業は、揃いの法被を着た男達の仕事だ。代々、口伝で伝えらたきた柱の位置、縄の巻き方、そして組み立ての順。一つでも間違えると鉾にはならない。

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 この他はすでに真木が備わっている。一本の真木が鉾を貫いていることがよくわかる。
 この鉾の周りには、立派な一眼レフを持った人たちが、地面に腰を下ろして盛んにシャッターを切っていた。

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 何と言っても、この真木を引き上げる瞬間だと思う。夕方とはいえ、まだまだ蒸し暑い京都。懸命に力を振り絞って真木を引き上げる。
 この瞬間を見ようと人集りができていた。縄を巻く歯車を力一杯回す男達と縄をたぐる男達。途中で、交代しなければ腕力と体力の限界に達する。見ている方も力が入る。見物客の多くから、「頑張れー、頑張れー」と声援が飛ぶ。
 派手ではないが、京都の力を感じる光景だ。













  ー 京都に住みながら ー

 京都に住みながら、他府県の人からは当然知っているだろうと思われるけど、案外知らない、行ったことがない、食べたことがない という場所や物があります。
 10年ほど前に京都新聞が調査した結果、京都人の京都知らずは、次のようなものでした。

  ■ ー 場所 ー(名所・旧跡・観光スポットなど)   
  • 銀閣   
  • 桂離宮・修学院離宮   
  • 平野神社
      ■ ー イベント ー(伝統行事・祭・最近の催し)
  • 葵祭
  • 鳴滝の大根炊き
      ■ ー 名物 ー(食べ物・おみやげなど)
  • 八つ橋
  • ゆば

     どれもこれも京都人なら知ってはいるけど、わざわざ見に行ったり、自分で買ったりしないものです。
    あくまで統計上のことで、京都のことなら何でも知っているという方ももちろんおられると思います。

      (写真下:京都「ゑり善」から少し北に入ったところで、裏寺町通りとの分岐路あたり)

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      ー マリーのカレー ー


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     幼い頃、私の父は、ビフカツならムラセ、とんかつなら本町亭、カレーはマレーといったふうに、決まった店に連れて行ってくれました。残念ながら、無くなった店もありますが、昔からの京都人なら、「ああ、懐かしい」と言われると思います。
     そんな店の一つにマレーのカレーというのがあります。正しくは、「マレーD」(マレー・ディ)という名の老舗のカレー屋さんは、道幅は1メールと少しくらいしかない細い細い路地に今もあります。この柳小路は、京都人でもあまり通らない、その名の通りの小路です。京都人は、「裏寺」(うらでら)をよく知っています。やや広い通りで、四条から蛸薬師に抜けるなら、「ゑり善」の横から、この「裏寺」(正式には「裏寺町通り」ですが、老若男女を問わす、みんな裏寺と呼んでいます。)を通るので、新しいショップに変わって、通りが賑わっています。しかし、この柳小路は通る人も少ないので昔の佇まいのままです。


      ー 柳小路の碑 ー

     

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     京都には、通りや寺社仏閣を示す碑がたくさんあります。その碑もまた、情緒豊かな佇まいで、道を案内される人の心を和ませくれるものだと思います。通りの碑を見てから目的の所へ行くのも趣があるのではないでしょうか。





















    柳小路

  • hoboniti 01.jpg  私がこのホームページを長い間更新しなかった理由を述べます。実は、このホームページには見えないアクセスカウンターがあります。
    時折、そのアクセスカウンターを見ていたのですが、一番アクセスの多かった月は約1万回を数えました。平均すると、2年前までは一ヶ月に数千回のアクセスがあったようです。カウンターの数だけではなく、都道府県別のアクセス数やその月の記事の人気順位まで分かるものです。誰がアクセスしたかまでは絶対分からないのでご安心ください。
     さて、本題です。そもそも私がこのホームページを開設した理由は、自分が40年の間に集めてきた万年筆をいつも眺めていたい、だけど全部を持ち歩くわけにはいかないので、コンピューターでならいつでも見ることができると思ったからです。事実、私は特に新しく買った万年筆やお気に入りの万年筆の写真を職場でよく見ていました。そうしているうちに、先ほどのアクセスカウンターの数が気になるようになりました。増えると嬉しいというのが正直なところでした。
     しかし、2年前に退職してからは、鞄の中に少なとも12本の万年筆を入れて持ってあるくことができるようになったのです。それまで、書類などでいっぱいだった鞄が、今は万年筆の運搬用具になっています。要するに、ホームページを見る必要がなくなったのです。

         だから、更新しなかった。

     しかし、先ほど述べたアクセスカウンターは今でも2千回以上を示しています。その方々や、これからの万年筆ファンのためにも、拙い記事でも更新しようと思うようになりました。今年(2018年)の4月からは週に3日半の勤務になったので、時間もたっぷりあります。他の趣味、カメラを持って外にでるというのも充実してきたので、万年筆以外の記事も楽しみにしていてください。
     この間に、万年筆は13、4本購入しました。高価なものから廉価でも書きやすいものまでバリエーションも増えました。これも最近の境地になってからです。
    これからは、まだ紹介していない珍しい万年筆や求め易い万年筆を紹介します。
     今後もこのホームページをよろしくお願いします。

      This is my latest and current cell phone, "iPhone6s." I got it on September 26. It's very cool and smart. I'm enjoying new functions both for business and personal use.

     9月26日に手に入れた(機種変更)したiPhone6sです。新しく加わったいくつかの機能が仕事でもプライベートでも役立っています。

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      職場の机にて

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     京都には、書画用具を売る二つの老舗がある。洋の画箋堂と和の鳩居堂だ。画箋堂は京都で油絵を学んだことのある人なら必ず一度は足を運んだことがあるはずだ。鳩居堂は書画に興味のない人でも昔から京都に住まいしている人なら誰でもその名を知っている。
     京都人は、和のものなら鳩居堂という連想が自然に浮かぶ。画箋堂は残念なことに現代的な建物に改築されたが、以前は周りのコンクリートビルの中に木造のまま情緒ある店の佇まいを残していた。鳩居堂も改築はされているが、その情緒は和の風情を今も大切にしている。東京銀座の支店も歴史はあるが、最近訪れてみると近代的なビルになっていた。

    kyukyodo01.jpg  鳩居堂の歴史は古い。1663年に薬種商として現在の住所に店を開いた。薬種の材料が「香」と共通することから、1700年代に薫香線香の製造をはじめ現在も「香」の専門店として名高い。薫香線香の製造を始めると同時に、薬種原料の輸入元である中国から書画用文具を輸入して販売を始めたが、多くの文人墨客と深く交流するようになり、やがて独自の墨や筆を製造するようになった。特に製筆技術は中国製を凌駕するものと高い評価を得て今日に至っている。300年以上前のことだ。

    kyukyodo02.jpg  1913年(大正2年)に創業当時の店は火災で全勝したが、すぐに再建された。再建後も幾度か改築されて現在に建物になる。

     私は、京都人の御多分に洩れず筆は鳩居堂で購うことにしている。何よりも品揃えが豊富で用途毎に選ぶことができる。その他、和の便箋なら鳩居堂製と決めている。これも品揃えが豊富で風流な絵柄や透かしが気に入っているからだ。
     店内の雰囲気も落ち着いていて、ついついゆっくり時間を過ごしてしまう。接客も付かず離れずなので、居心地が良い。


      ベランダで冬でも健気に咲いている花たちです。
      シクラメンは部屋の中でぬくぬくと暮らしている
      のですが、撮影のために外に出しました。
      上から順に、
      ・シクラメン
      ・ビオラ
      ・プリムラポリアンサ
      ・プリムラマラコイデス




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    cloud and coffee cup

        - 琵琶湖畔で撮った雲とコーヒーカップ -

     「大津湖岸なぎさ公園打出の森」というあまり聞いたことない所に行ってみた。以前、仕事で立ち寄った「ピアザ淡海(おうみ)」付近は、綺麗に整備された琵琶湖畔が広がり、小洒落たレストランもある。そこが、そういう名前だと知ったのは、随分後になってからだ。幸い、訪れた日は12月にしてはそれほど寒くはなく、空気が澄んでいて、屋外で風景を楽しむのにはぎりぎり間に合ったと思える陽気だった。

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     以前はマックとウィンドウズの両方を使っていたが、仕事の都合でウィンドウズPCを使うことが殆どだった。この加減でこのホームページの記事をアップする時もヒューレットパッカードのPCを使っていた。最近は職場で仕事を全て済ませる癖がついたので、家ではマックを使うことにした。古いマックは処分して、最近購入したのが、このマックブックエアーだ。
     相変わらず、アップル社はマイクロソフト社の先を歩いている。ウィンドウズも8を出して猛攻しているようだが、マックに追いつけるか疑問に思う。
     マックとウィンドウズで難しいのは互換性だが、それも最近はウィンドウズ用のアプリケーションをマック用にして販売されている。昔は考えられなかったあの一太郎やマイクロソフトオフィスもマック版がある。
     ウィンドウズも進化に伴い、使い勝手が良くなった。しかし、仕事感が否めないのは私だけだろうか。仕事のツールとしてパソコンを使うか、趣味の道具としてパソコンを使うか。考え方はそれぞれだろうが、私は趣味にはマックと考えている。
     ウィンドウズでも十分に趣味の世界は広がる。マックでも仕事には困らない。操作性はウィンドウズパソコンをたくさんの会社が目紛しく新製品を出しているので、一概には言えないが、私はマックが好きだ。

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      スライドショーの説明ウィンドウを設置しました。
      サムネイルの下のバナーをクリックするとポップアウトウィンドウが現れます。
      サブ・ブログ 萬年筆 - Stylo et Vie にも説明を載せています。   

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       <お知らせ>

     このホームページのスライドショーでは、写真をゆっくり見ることができないという御意見をいただきました。
     そこで、できる限りになると思いますが、スライドショー無しで写真をアップすることにしました。別のブログページを利用して新設しましたので、ご覧ください。
     写真のブログは「萬年筆 - Stylo et Vie -」としました。このホームページのサブ・ブログのつもりです。
     上の画像をクリックするとサブ・ブログに移動します。写真の下には、このホームページでの紹介記事を表示するバナーを用意してあります。
         URL:http://blog.zaq.ne.jp/contrail/ 

    フォトコンテスト フォトコンテスト フォトコンテスト フォトコンテスト






      昨年(2011年)11月の初めに万年筆通販店ペンハウスから次のようなメールが来た。

          ■『あなたのデスク大公開』フォトコンテスト!
          ━デスク写真大募集!賞に選ばれた方々には豪華プレゼント━
          ご自分(知人・友人も可)の自宅・会社などでお使いのデスク。
         「他人に見てもらいたい」「これは!」と思う机上がございましたら、
         「あるがまま、そのまま」で深く考えず、すぐにシャッターを...。
          ぜひお気軽にドシドシ応募ください。
          大賞受賞者様には、なんと#0,000円分のお買い物ポイントをプレゼント!

      
      上のメールのとおり、「深く考えず」に応募した。「あなたのデスクを大公開」と
     いうことだったので、以前、モンブラン149をPENSに載せた時、デスクの写真
     もあったなぁと思って、それを投稿することにした。

      今年に入って、「そう言えば、あのコンテスト、どうなったのかな」と思い出して、
     ペンハウスのページを見てみると結構な応募があり、なかには綺麗な写真や味わい深
     い写真、楽しい写真などが沢山あった。
      どう見ても入賞なんかするわけないと思って、暫く忘れていたが、つい最近になっ
     て、「そう言えば、結果はどうなったのだろう」と思いついて、トップページを探し
     てみると、やっとのことで、結果のページを見つけた。
      開けてみると、驚いたことに、私の写真が選ばれていた。「棚から牡丹餅?」最初
     は、いや、今でもそう思っている。

      もっと優れた綺麗で味のある写真がたくさんあって、私ならこれだなぁと思う写真
     がいくつもあった。上位2枚の写真(上の2枚目が大賞、3枚目が優秀賞、これは誰
     もが納得の結果だと思う)もそのうちの2つ。このコンテストはこれが初めてではな
     いらしい。出展者のコメントを読むとそれがわかる。
      次に応募するなら、片手間ではなくて、デスクのフォトコンテストに相応しい写真
     を撮って応募しようと思う。そうしないと他の参加者に申し訳ない気がしてならない。

      ほぼ日手帳2012

      ほぼ日手帳2012は、発売されてすぐにロフトでリフィルを購入した。
      一週間ほど前に包装を外して、早速書いてみたが、期待を裏切らない
      書き心地だった。
      来年も、毎日、充実した記録を書き綴ろうと思う。それにはまず、
      充実した時間を過ごさねば・・・。

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      リフィルには、「ほぼ日手帳の使い方」が一枚入っていて、色んな人の
      色んな使い方が紹介されている。
      結局は、「自分で決めれば良いのだ」と、毎年思う。


      万年筆で書くのには、ちょうど良い滲み具合なのだ。たぶん、万年筆の
      試し書きをするなら、この紙が一番だと思う。
      万年筆に正直な手帳、自分に正直になれるダイアリー、自分だけの手帳なのだ。

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      レイメイ藤井の手帳

      12月に入ってすぐに、来年の仕事用手帳を買い求めに百貨店に行った。
      驚いたことに、今までずっと使っていた「ダイゴーの手帳」の中身がクリーム色に
      なっていた。
      何かの間違い?と思いながら、他の手帳メーカーを全て見てみると、見事にみんな
      クリーム色だった。
      ダイゴー社にメールで問い合わせたが、来年度用から白色は作らないとのことだった。
      どうしようと思いながら、書店やら、別の百貨店やらを探したが、白色の紙は、
      レイメイ藤井の「スタイリッシュネスダイアリー」しかなかった。
      少々値段ははったが、これを購入して、カバーを外して、自分のカバーに差し替えた。
      手帳メーカーさんに何かが起こっている。
      中身はバーチカルとかホリゾンタルとか、罫線とか方眼だとか、カレンダーは翌月だけ
      か、2ヶ月分だとか、サイズや形もバリエーションは沢山あるのに、どうして紙は、
      みんなクリーム色になったのだろうか。

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      ホームページの写真を、写真だけ見られるようにスライドショーを設置しました。
      今までの写真に大きさの修正を加えなければなりませんが、これから、ぼちぼち
      と作業をしようと思います。
      ブラウザの種類によって見え方が違うのには困ったものですが、自分が使っている
      インターネットエクスプローラ8を基準にしています。
      他のブラウザを使っている人には、申し訳ないですが、あしからず、ご了承願ください。

      スライドショーは、画像をクリックすれば始まります。どこかをクリックすれば終わり
      ます。


    一つのホームページのイメージ

      昨日、「windowsの更新」が自動で行われた。いつものようにセキュリティ関係の
    改善だと思って、更新を許可したところ、エクスプローラー8が9にバージョンアップ
    された。IE8とIE9では、かなり使い勝手が違う。いずれは、エクスプローラ9が主流
    になるのだろうと思い、いろいろ試してみたが、便利な点と不便な点がある。
      しかし、現段階では不具合もあるようだ。一番困ったのは、私の記事が一部崩れ
    てしまったことだ。苦心して記事の文章の「改行」を行ったのに、IE9だと表示される
    文字は、IE8と同じ「MSPゴシック」が標準であるのに関わらず、微妙に文字の大き
    さや字体が違ったり、改行がおかしくなる。
      それで、元の「8」に戻した。戻した手順は次のとおり。

      1 スタートメニューから「コントロールパネル」を開く。
      2 「プログラム」・「プログラムのアンインストール」をクリックする。
      3 通常のプログラム・アプリケーションが表示される。
        左上にある「インストールされた更新プログラムを表示」をクリックする。
      4 「internet explorer9」を選択して、「アンインストール」する。
      5 再起動すれば、エクスプローラ8に戻る。

      これからは、エクスプローラ9になることを気にかけながら記事を作ろうと思う。

      最近、文具店や万年筆店から来年の手帳と日記の案内メールが届く。
    ネットで見てみると、各メーカーでそろそろ来年の日記や手帳がラインアップし始めている。
    私が使っている2つの日記帳も紹介さている。モレスキンはもう発売されており、ほぼ日手帳は
    明日9月1日から発売される予定だ。

    <luxe de petite bourgeoisie>
      モレスキンの方は、自分でも几帳面なことを書いているなぁと思うくらいの記録用で、紙が
    薄くてインク抜けする恐れがあるので、ペン先が細字の決まった万年筆を使っている。
    その決まった万年筆が、ファーバーカステルのペルナンブコ・プラチナコーティング(字幅EF)で、
    この万年筆はモレスキンに日記を書く以外には殆ど使わない。プチ・ブルのちょっとした贅沢の
    つもりでいる。

    ほぼ日手帳2012
      ほぼ日手帳は、私が知っている中で最も機能性にすぐれた手帳だと思う。誕生以来、
    愛用者の声を取り入れて毎年進化している。2012年版は、方眼の線をより細くして書き
    易く改良したらしい。私はこれを予定などを書き込む手帳として、また、その日の心象風景
    を自由に書く日記としても使っている。スピンが2つ付いているので、月間予定と日記の
    ページの両方をすっと開くことができる。日記を書きながら明日の予定も確認できる。
    モレスキンと同様に1日1ページをたっぷり使う。
      紙が確りしているので、どの万年筆を使っても安心だ。週末の記事は明るい色のインク
    を入れた万年筆を使い、他の日は邪魔に思わない落ち着いた墨色のインクを入れた万年筆を
    使う。1ページの中でも、赤や緑などで記入する項目もある。いろんな万年筆を使わせてく
    れる手帳だ。ページの下には、いろんな人の言葉や格言(?)、メッセージなどが載ってい
    てそれも楽しい。


    ジャックダニエルとの付き合いも相当長いです。万年筆より少し浅い歴史です。
     ジャックダニエルはテネシーウィスキーだと言い張っていますが、原料も製法もバーボンです。でも、バーボンじゃないとジャックダニエルは言い張っています。アメリカの本社に問い合わせたところ、「水が違う」と答えが返ってきました。素っ気ない返事です。最近、ウィキペディアで調べたところ、「 「テネシー・ウイスキー」と呼ばれるには、『テネシー州で作られること』『蒸溜直後にサトウカエデの炭で濾過してから貯蔵すること』を満たさなくてはならない。」とあります。
      (ちなみに、テネシーウィスキーの銘柄は、Jack Daniel's、George Dickel、
       Gentleman Jack の3種だけ。)
    素っ気ない返事でしたが、それ以来、クリスマスになると、必ずアメリカの本社からカードが届きます。いかにもジャック・ダニエルズらしい対応だと思っています。

     HOMEの写真が決まって、ホームページが今日、2011年6月27日に完成しました。
     これから記事を更新していきます。