パイロット カスタム742 ファルカン

 私が持っている万年筆の殆どが外国のものだが、国産のものも何本かある。国産万年筆に触手が伸びない理由は、その外見だ。ドイツやイタリアの万年筆のデザインを基本にして、そこに少しお醤油テイストを加えた感が否めない(あくまでこれは個人的な感想だが)。

 メイドイン日本を売りにして「どうだ!」と主張しているのは、たいて漆に金箔の蒔絵万年筆だ。最近は、その蒔絵万年筆もようやく洗練されてきて、ボディも蒔絵にふさわしいメイドイン日本の形になったものが売り出されている。
 純然な「日本デザイン万年筆」が世界の愛好家に再度評価されるようになるのは、時間の問題だと思う。(昔、日本の蒔絵万年筆が世界的にとても高く評価された時代があった。)

 ただ、現代の世界に誇れる日本デザイン万年筆は値段が高い。この値段なら外国の高級万年筆で、まだ手に入れていないものを買おうという気持ちになる。故に、私が持っている国産万年筆は少ない。

 惜しくもあり悲しいことは、日本製の万年筆のペン先の精緻さだ。悪いのではない。その全く逆で、国内メーカーのどの万年筆もペン先は、その弾力性といい、滑らかさといい、インクフローの良さといい、どの点においても、世界一だと思う。外国製の万年筆は、同じ型番のものでも、一本一本ペン先の調子が違う。自分に合ったペン先を探すのには、複数の同じ型番、同じ字幅を揃えて備えている百貨店の万年筆売場か相当大きな文具店で、全て(といっても、2・3本だが)出していただいて、それらから一本を選ぶしかない。時には、数店の万年筆売場を巡って、一本を選ぶこともある。

 その点、国産の万年筆は、安価なものから高価なものまで、それぞれに応じてペン先の調子は一定だ。この型の万年筆はこのペン先と決まっていて、どこで購入しても変わらないので安心である。
 厳密に言えば、ペン先の「ずれ」が0.0数ミリ単位であるものも稀にあるが、気に入らなければ、そこは国産のこと、「もう一本出してください」と言えば、2本目が出てきて、たいていはそれで気に入る。

 さて、ここからが本題。パイロットのファルカンは、以前から気になっていた1本だった。手に入れようと思ったきっかけは、最近購入したペリカンの復刻版万年筆M101Nトータスシェルブラウンのペン先の装飾があっさりしているところだった。

  (上の写真の3枚目:上がファルカン、真ん中がM101N、下がペリカンM800のペン先)

 昔のペン先はどの万年筆もメーカー名や金の純度を示す数字だけが刻印されているだけで、装飾には意を介していなかった。ペリカンの復刻版も例外ではなく、昔の一般的なペン先である。
 ペン先の装飾がうるさくない。見ていて飽きないの色合いだ。ペン先の金色にも色合いがある。ファルカンも同じく良い色合いの金色だ。装飾は上の写真のように極めてあっさりしていて煩くない。
 これは、ファルカンのペン先を柔らかくするために地金を薄くする必要がり、深く刻印することが不可能だから自ずからできるだけ装飾を避けているのが理由だ。
 左右を半月に切り削いでいる特殊な形もひたすら柔らかく撓(しな)るようにするためだ。

 パイロット・カスタムは、父から譲り受けて使っていたので、軸のバランスやインクフローの良さは知っていた。期待どおり、このファルカンも両方とも良好である。
 大きさは、収納時にペリカンM800と同じくらい。ペンクリップの根本から下までの長さは、数ミリの差で、クリップより上部がファルカンの方が、やや長い程度である。持った感じではM800より数ミリ同軸が細く思う。キャップを尻軸に差し込んだ筆記時には、M800より8㎜短くなる。つまり、キャップが深く入る。

 総合的に見れば、ファルカンの意図である日本語を毛筆のように書くための万年筆というコンセプトを見事に実現している。ペン先は無類の柔らかさである。筆圧の低い私が細字用にと思って購入した目的は十分に果たされる。


 よく滲む「ペン・毛筆両用」の便箋に書いてみた。普通の紙だと、上の写真6枚目(ロディア)の細さになる。ちなみに、この文字には殆ど筆圧をかけていない。撫でる感覚で書いた。



 筆圧のかけ方で、線の太さは様々に変化する。
全く筆圧を加えず、ペンの重さだけで書ける線はもっと細い。


 ペン先の写真(再掲)
 見やすくするために、写真を大きめにした。(少し暗い・・・)実物の明るさや輝きは、上の4枚目の写真そのものなのだが。刻印は、上から 【 PILOT 14K-585 10 FA 】 とある。


 ファルカンの難点は、試し書きをしようとしても店頭に置いている店が非常に少ないことだ。実際、私は京都にある百貨店全てに尋ねてみたが、どこにも置いていなかった。今年の6月に京都の某百貨店で催されたペンクリニックで、パイロットの調整師さんが持っておられたファルカンを貸していただいて試し書きをさせてもらっただけであった。言うまでもなく、これは書き心地が良くて当たり前だ。

 8月の終わりに暇ができたので、大阪の百貨店に電話で尋ねたところ、1店だけファルカンを置いているとのことだったので、早速行ってみた。思うとおりの柔らかさだったが、残念なことにペン先が少しひっかかる感じがあった。ルーペで見た訳ではないが、恐らくほんの僅かペン先の左右にずれがあったのだと思う。外国のものなら十分に許容範囲で、その場で購入していたと思う。しかし、精度を誇る日本製万年筆のことだから、普通なら分からないであろう少しのずれが気にいらず購入しなかった。

 大阪まで来たのだからと思って、念のために他の百貨店にも電話で尋ねてみた。するともう1店だけカスタムではないが、「ヘリテイジ912」でファルカンのペン先があるという所があったので、その足で行ってみた。早速、試し書きをしてみたところ、今度は完璧な書き味だった。だが、ヘリテイジはペン先もクリップもロジウム仕上げで銀色なので、購入しなかった。

 今日9月10日は、JR京都伊勢丹でペンクリニックが開催されている。万が一、ペン先に不満があればそのペンクリで調整してもらう覚悟で、通販の大手、「ペンハウス」で購入することにして、何とか今日までに間に合うよう無理をお願いしたところ、一昨日にカスタム742FA(ファルカン)が届いた。
 ペン先を調整してもらう必要はなく、こうして今日は自宅でこの原稿を書いている。
                (4枚目の写真は「ペンハウス」提供のもの)

 ちなみに、同じカスタム・ファルカンでもペン先が一回り大きい15号のカスタム743があるが、メーカーがその装飾の精巧さを強調しているキャップリングや他の装飾が私にはかえって邪魔なので、それと迷うことはなかった。

    
【ペン先・機構等】
■ ペン先: 14金(10号)文字幅:FA
■ サイズ: 長さ:約146mm(収納時)/約160mm(筆記時)/ 最大胴軸径:約12.8mmφ キャップ径:約15.7mmφ
■ 重 さ: 約25.0g
■ 仕 様: 軸さや:樹脂 / 両様式 コンバーター(CON-70)付
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