Pelikan Souverän M800 緑縞

    - スーベレーンという舶来万年筆 -

 「舶来」という言葉は、今では殆ど耳にすることはない。私が学生だった頃にはもう既にこの古くさい響きを聴くことはめったになかった。
 私にとって万年筆と言えば、モンブランとパーカーと、そしてペリカンだった。この3社の万年筆とは、随分長く付き合っている。最近、海外の色々なメーカーの万年筆が容易く手に入るようになって、私もその恩恵に浴している。
 そんな今、この緑縞のボディを手にとってみると、あの懐かしい言葉の響きが頭の中をよぎる。何かアンティークな趣を感じるのだ。それでいて、万年筆自体は他と比べて何の遜色もなく現代のそのものである。形を変えない時代を超えた普遍性のようなものに魅力を感じてならない。(最近、クリップの天冠をメタリックにしたこたは、少し残念に思う)
 私がペリカンの800を何本も購入してきたのは、そんなところにも理由がある。私にとっての「舶来万年筆」なのだ。

    - 趣のある個体差 -

 1997年に、このスーベレーンM800はペン・オブ・ザ・イヤーを受賞した。この万年筆の美しさやバランスの良さ、拵えの精緻さがヨーロッパの万年筆愛好家たちに高い評価を受けたのだろう。
 しかし、この万年筆は製造された年や時期によって、即ちロットによって個体差がある。モンブランのように明け透けな変化ではないが、意図しないところでの正に個体差なのだ。
 最も顕著なのは、緑縞の縞模様だ。同じ年に作られたものでも縞模様が違う。行儀良く一本一本の縞が均一に揃っているものもあれば、緑色の深みがまるでバラバラのものもある。実際、私が今所有している5本の緑縞も皆、縞模様が微妙に違う。小さなことだが、筆記の間に眺める景色が異なる。

 これは製造工程に原因がある。ボディを作る時、
 1 まず緑縞模様のアクリル樹脂を平らな延べ板にする。
 2 その延べ板を一本のボディ用にカットして、継ぎ目が分からないように棒状に巻く。
 簡単に言えば、この2つの工程で緑縞の筒ができるわけだ。延べ板のどこをカットするのかによって縞模様が変わる。最初の縞模様の延べ板を作る時にも既に緑縞模様の深みや色合いが違っているのだから、出来上がったボディは一本一本違っている。

 次にペン先だ。製造過程は他のメーカーと同じだが、18金のペン先型延べ板に圧力をかけて薄く延ばす作業は手作業同然だ。数ミクロンの差でペン先の柔らかさは変わる。細かなことは省略するが、一つ一つの工程でペン先は変わるものだ。
 ペリカンは、M400から1000までの4種のボディにそれぞれEFからOBBまで8種類のペン先がある。それぞれの大きさでペン先の形状が違うので、同じ型のペン先でも同じものが作れる訳がない。
 カラーのセルロイドやレジンの切り出し万年筆のように、最初からそれぞれ違っても仕方がないということを前提にしているのではなく、不可抗力で世界で一本だけの万年筆ができるのだ。私はこれがペリカンの醍醐味だと思っている。

    - ペン先の調整 -

 ペリカンだけでなく、当然のことながらヨーロッパの万年筆は、横文字・アルファベットを書くために作られている。カリグラフィと呼ばれる筆描手法は、ヨーロッパの羽ペン文化とアジアの毛筆を使う文化では大きく異なる。線の強弱や太さに変化をつけるという点では同じだが、変化の付け所がまるで違う。メーカーによって程度の差はあるが、ペリカンのペン先は極端にアルファベット仕様だ。
 漢字やひらがなをヨーロッパ仕様のままで書くのも味わいがあるが、私は日本語仕様にしたい。輸入される際、多少の配慮はあるらしいが、メーカーのコンセプトを無くしてしまう程ではない。だから自分好みに調整する。私が所有しているペリカンは全て自分仕様に調整されたものだ。中には一度の調整では満足できず、二度三度と調整して貰ったものもある。

souveran15.jpg  ペリカンの場合、基本的にはペン先の角張った角を落として丸く研いでいただく。その後、私がペンを持つ角度に合わせて、最もスムーズにペン先が紙を滑るように調整していただく。

souveran17.jpg  今使っているBニブを調整していただいたのは、10年近く前のことだ。たまたま訪れた文具店で催されていたペンクリニックで、随分年配の方(失礼なことにお名前は聞かなかった)に診ていただいた。試し書き用の紙の4隅に名前を書くように指示されて、言われたとおりに書いてみた。するとその老調整士は、熟練した目で私の書き癖を見抜いてペン先を研ぎ始められた。私が納得するまで、研いでは「どうですか?」と尋ねられながら、試しながら、調整が繰り返される。申し訳ないと思うくらいまで時間をかけて調整していただいた。「これ以上やると、ペリカンの万年筆ではなくなってしまいますよ」と苦笑されながらも作業を続けていただいた。寒い日の夕暮れ時、とある有名文具店の店先でのことだった。
 この話を、今はパイロットのペンドクターとして全国のペンクリニックを廻っておられる奥野浩二氏に話すと、その時のことをよく覚えられていて、「それは私の師匠です」と答えていただいた。その時、奥野氏は隣に座っておられたらしい。
 太めであるBニブの万年筆は何本か持っているが、このペリカンはその書き味でかけがえのない一本になった。
souveran20.jpg

■ ペン先 : ロジウム装飾18金 /  文字幅 : B / M
■ 機構 : 吸入式
■ 長さ : 142mm(収納時) /  約166mm(筆記時)  軸径最大:約13mmφ
■ キャップ径 : 最大:約15mmφ (クリップを除く)
■ 重さ : 約28g
前の記事 1  2  3