AURORA ASTIL No.032

 この万年筆を紹介する記事を見ると枕詞のように「ニューヨーク近代美術館・永久展示保存」という言葉が出てくる。かく言う私も早速こう書いている。1970年代の画期的な万年筆
だったのだろう。

 実は、私はこの万年筆を購入した時、このことを知らなかった。まだインターネットもなく、万年筆を紹介する雑誌などにも興味がなかったので、「近代美術館云々...」ということ
を知る術さえ持っていなかった。今はない京都丸善の万年筆売場で、いつものごとくショー
ケースを見ていると、隅っこの方に他の万年筆とは全く趣きの違う形のこの万年筆が展示さ
れていた。

 30年ほど前の当時、アウロラは海外メーカーとして日本ではマイナーな存在だったのだろう。ともあれ、私はいつもの店員さんに出していただき試し書きをした。

 その時の印象を今も覚えている。まるで、駻馬のようにペン先が勝手に文字を書き出す。
脳からペン先まで神経が直結していて、思ったことが瞬時に紙の上に現れてしまう。否、そ
の時の感覚は、万年筆が意志を持っていて自分が描きたい線を描いているようににさえ思えた。
 シリンダー型で鉛筆くらいの細さと軽さに加えて、特殊なペン先の形状のためかとも思っ
たが、それだけではない何か他の要素があるように思う。

 私はいつも試し書きをする時、自分の名前や住所、好きな言葉など普段よく書く文字を書く。これは昔からの習慣である。「撥ね」や「払い」などの漢字の線の運筆を多く含んでい
るので試し書きに良いとされている「永」の字は書かない。書くのが何故か恥ずかしい。

 少し迷ったが、「このじゃじゃ馬を馴らしてやろう」という、およそ万年筆とは関係のな
い私の悪癖とも言える志向が、この万年筆を購入させた。
 だが、このじゃじゃ馬はなかなか言うことを聞いてくれなかった。思う線が書けるように
なるまで半年以上はかかった。(若い頃は気が長かったのか、熱中する性分だったのか)結
局は、私がペンに馴らされてしまったのかもしれない。

 次の万年筆を購入して以来、暫く眠っていた万年筆だが、複数の日記帳を使うようになっ
てから、記録用ではなく雑感用の方にこの万年筆を使うことを思いついた。不思議なことに、
この万年筆は潜在意識を顕在化してくれる。書き終えて読み返して見るとそのことが、よく
分かる。

 ボディーの形やクリップの仕組みといい、書き味といい不思議な万年筆だ。書き味は決し
て悪くはない、楽しい万年筆だ。

 
サイズ等:

【ペン先】 14金ロジウムコート・文字幅:M
【サイズ】 長さ136.5mm 155mm (キャップをボディエンドに取り付けた状態) ・軸径 8.5mmφ
【重 さ】  20g
【機 構】 板バネ式コンバーター  /  カートリッジ 両用