EVERSHARP 913

     - アンティーク(ビンテージ)万年筆の魅力 -

 アンティーク万年筆の魅力は書き味にあると私は思う。書き心地、紙の上でのペン先の
滑り、インク滲みなどの点から見れば、最近の万年筆には個性を感じることが少ない。確
かに、最近の万年筆は技術の進歩があって、インクフローも安定して書きやすい。
 メーカーによって、多少のバラつきはあっても、ペン先が柔らかいか硬いか、書き味が
良いか悪いかという4つの組合せに大別できる。

 強いて言えば、同じ型の万年筆でもペン先に個体差があって一本一本違うことを個性と
考えれば、個性があると言える。しかし、これは万年筆職人が最後の製造工程であるペン
先の調整を自らの手で行うための不可抗力と言える。意図したものではない。

 その点、国産万年筆は日本人の仕事に対する真面目さと敏感で器用な手先の感覚によっ
て殆ど個体差がなく、どの万年筆も書きやすく安心して購入できる。しかし、その分、個
性を期待することはできない。万年筆は書くための道具だから、文字を書き、記録を残す
という点だけを考えれば、日本の万年筆は世界に誇ることができる。

 アンティーク万年筆は、もちろん発売された当時はアンティークではない。その時代の
最新の技術と工夫が施され、他のメーカーにはない何かを世に問う姿勢で作られている。
 例えば50年から60年前までは、どの万年筆メーカーも横並びで市場を競い合っていた。
各メーカーにオリジナリティがあった。そのオリジナリティは、インクの吸入機構であっ
たり、ボディの形状や色・柄であったりだったが、ペン先も然りである。

 現代の万年筆のペン先と50年以上前のペン先とを比べて、どちらか優れているか、その
優劣はつけがたい。しかし、どちらの万年筆の書き味に魅力を感じるかと問われれば、多
くの万年筆愛好家は、"昔"の万年筆が良いと答えると思う。
 これは、ペン先作りに対するメーカーの職人の姿勢の在り方と職人の感覚に訳がある。
一言で言えば、妥協を許さない拘りだ。「我がメーカーのこの万年筆のペン先は、この柔
らかさであり、この字幅で、このような線が書ける」という感覚が確りしていて、一本一
本試し書きを十分にしてから販売していたに違いない。他のメーカーとは違うことに誇り
があった。

 日本では最も有名な万年筆店の一つである某万年筆店の店主は、ペン先の調整で有名だ
が、若い頃に今でも世界一有名なドイツの万年筆メーカーで修行をされたらしい。しかし、
その万年筆店に修行をされたメーカーの万年筆は取り扱われていない。理由を簡単に言え
ば、そのメーカーの万年筆作りに対する姿勢が変わったからということらしい。昔に習っ
た情熱が無くなって、作品に不具合を感じておられているらしい。今は同じドイツのライ
バルメーカーの万年筆を中心に調整されている。一度、お会いして一時間ほどお話を聞か
せていただいたが、物腰の柔らかい、温和なご老人で、万年筆に関する知識はこの上なく
豊かだった。結局、私の万年筆調整の申し出は断られたが、不思議に悪い気はしなかった。
頑ななまでに自分の主義を曲げない姿勢が却って心地よかった。
 万年筆も、それを作る職人も、売る人も、アンティークが良いのかもしれない。

     - エバーシャープ -

 エバーシャープは、1913年にニューヨークで創業した。当初はペンシルのメーカーとし
ての出発だったが、2年後にはWALH COMPANYに吸収された。1921年には大きな成功を収め、
WALH COMPANYは、ペンとペンシル両方のトップメーカーへと成長した。ペンには WALH
という名前にし、ペンシルにはエバーシャープという名を使った。
 当時は新しいボールペンという分野へ参入しようと試みたが、一連の失策のために会社
はダメージを受け、1957年にはパーカー社がエバーシャープを吸収した。第二次世界大戦
後直後は、万年筆メーカーの戦国時代であったと言える。
 エバーシャープの名前はしばらく使われていたが、数年間でエバーシャープのペンとペ
ンシル製品は終わりを迎えた。私は、実際にクリップにはエバーシャープと刻印され、ペ
ン先にはパーカーと刻印された万年筆を見たことがある。

     - エバーシャープ モデル913 -

  このモデルの特徴は3つある。一つは、インクフローをスムーズにするペン芯の工夫
だ。昔はペン芯も職人が一つずつ手作りで作っていた。いつか紹介しようと思うが、ペン
芯に職人の手作りであることの証拠が残されている。材料は天然ゴムを使用した合成樹脂
であるエボナイトだ。エボナイトは、インクを溜め込む性質を持っているのでペン芯とペ
ン先の金の間に常にインクを湛えている。このインクの湛え込み加減と毛細管現象の加減
がインクフローに影響を及ぼす。
 エバーシャープのこのモデルはペン芯の横に溝を作り、インクを送り出すための毛細管
現象を活性化している。

 二つ目の特徴はボディの形だ。全体的に丸みを帯びている点は、他のメーカーの万年筆
にも見られる。キャップを付けた収納時には見えないが、キャップのネジ山の手前から女
性の腰のように、キュっと絞ったくびれは他にはない。アールヌーボーを想わせる見てい
て飽きないフォルムだ。

 これは私の癖だが、原稿用紙に向かって原稿を書いている時や、レポート用紙にメモ書
きをしている時に、ふとペン先を上に向けて眺める。傍から見れば、あたかもペン先を吟
味している風情だろうが、単に眺めているだけだ。その楽しみを何よりもこの万年筆は満
足させてくれる。

 もう一つの特徴は、レバーフィラーというインク吸入方式だ。同軸の中ほどにあるレバー
を引き起こすことによって、内部の板バネを押さえ、インクを含むゴムチューブを圧縮す
る。レバーをたたむとインクを吸い上げる。2、3度これを繰り返すことでインクが十分
に吸い込まれる。何とも愛らしい、おもちゃのような仕掛けだ。この作業もまた楽しい。

  【ペン先・機構等】

 ■ ペン先:14金 
 ■ ペン芯:エボナイト芯
 ■ サイズ:F(細字)
 ■ 機構 :レバーフィラー式
 ■ 材質 :樹脂
 ■ 長さ :141mm / 156mm  
 ■ 太さ :12mm
 ■ 重さ :12g