パイロット・デラックス漆

    - Pen and message にて -

 2016年8月 神戸のペンアンドメッセージを訪れた。その頃、定期購読していた「趣味の文具箱」に、この万年筆店の店主である吉村史博氏が、コラムを書かれていて、その記事に共感した。
 万年筆専門店だからといって、何も高価な万年筆だけを置くのではなくて、1万円台で買えるような廉価な万年筆を置いておくのも、万年筆店として当たり前のことだというようなことを書かれていた。正確にその記事を覚えていないが、なるほど、万年筆も国産で比較的廉価でも良い万年筆は多くあると改めて発見したような気がした。
Delux Urusi

 早速に記事に書かれていた万年筆があるか、電話で問い合わせたところ、欲しいと思っていた細字があると聞き、その足で神戸に向かった。吉宗さんはいつものように温和な笑顔で迎えてくれて、注文の多い客である私の言うことを聴きながら、ほんの少しだけペン先を調整して私好みの書き味にしてくれた。
 私の注文は、システム手帳の6mm罫に澱みなく書けること、それだけだった。そして、その通りにこの万年筆を調整して貰った。
Delux Urusi

    - パイロット・デラックス漆 -

 パイロットと言えば、カスタム74シリーズが本筋だ。そんな中で、このデラックス漆は少し異端児かもしれない。クリップもパイロットの象徴である丸玉がついていない。あくまで、普段気軽に、しかし、大切なことを書くことを念頭に置いて作られたのかどうか、知る由もないが、私はそう思っている。
 パイロットの万年筆は大別して、カスタムシリーズ、ヘリテイジシリーズ、キャップレスシリーズ、グランセシリーズ、カバリエシリーズ、コクーン、そしてカクノといったところだろうか。

     万年筆&インクのインデックス
Delux Urusi

 その中でこのデラックス漆は少し異種な形をしている。クリップはヘリテイジシリーズのそれだが、軸の太さは、細身のグランセシリーズのそれに近い。色は三色だけで、ブラック・ディープレッド・ダークブルーの3つだ。他のシリーズに比べると、色のバリエーションは少ない。色とりどりの他のシリーズより、パイロットがこれを使う人を限って生産しているのではないかと思えてしまう。
Delux Urusi

 この万年筆の特徴は、なんと言っても、細身の軸だが、漆加工されているので、手に持って滑らす、しっとりと手に馴染むところだと思う。漆と言えば、いろんな柄の入ったものが頭に浮かぶが、このデラックス漆は単色で漆であることを持つ者にしか分からないい奥ゆかしさがある。
 毎日使うシステム手帳の6mm罫にちょうど良い軸の太さだ。これを手にして以来、私はアシュフォードのリフィルと共に使い続けている。いつ書いても、書き味はもとより、軸に飽きない。
二本刺しペンケースにモンブランのボールペンと一緒に入れて常に持ち歩いている。
Delux Urusi


 見かけより重いので、ペンがふらつかない。嵌合式キャップなので、会議の途中で話を聞く時はキャップを付けて、その内容をメモする時はキャップを尻軸に嵌める。その行為が実に簡単で実用的だ。
 まだ2年の付き合いだが、これからも大切に使える万年筆だと思っている。買って値打ちのある万年筆だ。吉宗氏もきっと、こんなことを思われたのではないだろうか。

 PILOT DELUXE URUSHI

■ ペン先 : 14金 /  文字幅 : F
■ 仕様  : 軸さや /  黄銅 漆塗り仕上げ
■ 機構  : カートリッジ/コンバーター両用式 / キャップタイプ
■ 仕様  : ボディ&キャップ / ステンレススチールパラジュームコート
■ 長さ  : 約133mm(収納時) /  約/146mm(筆記時)  軸径最大:約11.5mmφ
■ キャップ径 : 最大:約11.5mmφ (クリップを除く)
■ 重さ  : 約25g

   Pilot Elabo

    - ナミキファルコンとエラボー -

 パイロットエラボーが誕生したのは1978年のことだ。詳しい歴史はパイロットのページを見ればわかる。
 私はエラボーより先にナミキファルコンを使っていた。黒のボディに金のトリムが万年筆らしさを感じるからだ。もちろん、これがパイロット社製であることは知っていた。

Elabo10.JPG  ナミキという名前も良い。しばらくは、ナミキファルコンのペン先 SFとSM
が大活躍していた。今もそうだ。昔は小さな字を書くのが苦手で、ノートも手帳も大判のものを使っていた。ペン先は中字がほとんどだった。
 最近は、訳あって小さな字を書くことが多くなり、小さな字を書くのが楽しくなってきた。ペリカンM1000やモンブラン149で大きな字を書くのもダイナミックで楽しいが、一目で記録の全部が目に入る細かな文字の集合も見ていて楽しい。
 そこで、ナミキのSFをよく使うようになった。小さな文字を書くと、インクの色によって文字の鮮明さが変わることが分かる。自分で調合した明るいブルーブラックのインクは、やや鮮明さに欠けることが分かった。
 毎日書く日記も平日は書くことが多いので、自分で譲れない自分調合のブルーブラックを使っているが、のんびりできる週休日や休日には、茶系や赤系、緑系のインクを使って日記を書いている。茶系や赤系のインクは鮮明な文字になる。

Elabo11.JPG  それゆえに、同じペン先の細さでは文字を見ていてうるさくなる。もっと細い、しかも、弾力や重さが毎日使っているものと変わらないものが欲しいと思った。それが、エラボーだ。パイロットエラボーには、SFより細いSEFというペン先がある。私はそれを買い求めた。

  ペン先にSEの刻印がある。







    - パイロットの精神 -

 同じ職場で働いているアメリカ人女性が私のところに来て、彼女の万年筆のインクの出が悪くなったので、直して欲しいと頼んだ。私の万年筆好きは彼女も前から知っていた。その万年筆を見て驚いた。聞けば、長年も使っているそうだ。それだけ思い入れがあることを話してくれた。何かの記念に貰ったものらしい。それは、私も持っているパイロットのノック式万年筆、デシモだった。同じものを持っていると話すと、彼女は違うという。一見、色も形も同じだと思ったが、彼女が説明してくれた。彼女の万年筆には「NAMIKI」と刻印されていて、クリップがペン先と継ぎ目なく繋がっている。よく見れば、その2点が違っていた。しかし、大きな違いだと今も思う。私が感心したのは、パイロット社の変わらない精神だ。良いものは、いつまでも作り続ける。そして、より良いものを開発し続ける。天晴れこの上ない。

Elabo13.JPG 黒のボディと金のペン先とトリムも良い。しかし、このエラボーのモノトーンの色合いも良い。持ってみて分かったが、持つまでは分からなかった落ち着きがある。それでいて、黒と金に勝るとも劣らない存在感がある。不思議だがそうだ。

 天冠はまるで凸面鏡のように磨かれている。



    - オールドバーガンディー -

 私は京都高島屋で2本あったうちの一本を、書き比べた末に買った。同じSEFでも微妙に違った。万年筆作りの仕上げは一本一本人間がするのだから仕方がない。いや、だからこそ、万年筆は面白いのかもしれない。
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 私が贖った方は、前に持っていたナミキファルコンと同じ腰の弾力がある。もう片方はややその弾力に欠けた。本当に微妙な違いだが、はっきり分かった。
 この万年筆には、赤系のオールドバーガンディーを入れている。このオールドバーガンディーは、ペン・アンド・メッセージのオリジナルインクで、過日、神戸に行った時、店に立ち寄って偶然見つけたものだ。落ち着いた赤で乾くと美しい。付属の小さなコンバーターを使っている。赤系のインクは頻繁にインクを入れ替える方がいつまでも綺麗だからだ。さて、今日は日曜日、この万年筆で日記に何を書こうか。

 追記:パイロット万年筆の中でソフト極細SEFのペン先があるのは、エラボーだけだ。

■ ペン先 : ロジウム装飾14金 /  文字幅 : SEF
■ 軸鞘  : AS樹脂
■ 機構  : コンバーター両用式 コンバーター(付属):CON-50 / キャップ:ネジ嵌合式
■ 長さ  : 137mm(収納時) /  約151mm(筆記時)
■ 軸径  : 約13mmφ  /  キャップ径 : 約14mmφ (クリップを除く)
■ 重さ  : 約18g

PRERA Canary Yellow OESTE Original Pen

    - オエステ会 -

 オエステ会は、2009年1月に香川県の文具店、「文具生活」の代表取締役、隅田啓氏を会長に、西日本の文具専門店5社が専門店ならではの強みを生かして、メーカーとも協力しながら文具業界の活性化を計る会として発足した。現在では京都から長崎までの西日本の代表的な文具専門店10社からなる。
 このオエステ会オリジナルのプレラ・カナリアイエローを500本限定で販売したのは昨年のことだ。

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 オエステとはスペイン語で「西」を意味する。ロゴマークの◯(日の丸)の中にeste の文字を左(西)に配したのは、そういう由縁である。
 初めは、「アヴァンギャルドライト」というボールペンと「ニーモシネA5ノートパッドホルダー」と「そえぶみ箋」の3点をオリジナルとして企画販売した。

    - オールドボルドー -

 プレラはパイロット社の万年筆で、ボディをスケルトンにし、ペン先にオエステ会のロゴマークを配して、この万年筆はオエステ会オリジナル万年筆として発売された。
 私は、それを取り扱う某文具専門店で初めてこれを見た。ちょうど、ドイツのローラー&クライナー社製インク、「オールドボルドー」を入れる万年筆を探していたので、これが合うと思って購った。
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 このオールドボルドーは水性顔料インクなので、本来羽ペンなどの付けペンに使うものだ。染料インクなら万年筆に入れても不安はないが、顔料インクは万年筆に入れると詰まってしまう可能性がある。しかし、私はこのオールドボルドーの渋みのある、落ち着いた赤いンクが好きで万年筆に入れて使いたいと予々思っていた。
 万が一、インク詰まりで壊れてしまっても大丈夫だと思えるほど手頃な価格で、しかもインクの色とボディの色が妙に合うような気がした。

    - パイロット社とのコラボ そして限定 -

 私の不安は杞憂であった。文具店には2本のオエステ会があったが、パイロット社製にしては珍しく2本の書き味は違っていて、1本は滑らかな書き味で気に入った。どうも男というものは、「限定」という言葉に弱い。パイロットのプレラなら何本もの中からペン先を選べたのだが、そちらには興味が向かない。

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 スケルトンの万年筆は、ペリカンのデモンストレーターに加えて、最近売り出されたイエローとシャイニーグリーンのハイライター万年筆でその楽しさを知っていた。机上に置いておくと何とも可愛い存在になる。ペリカンに比べると一回り小さいが、それもまた一興だ。可愛らしいケースに収めておいても楽しめる。

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■ ペン先  : 特殊合金   ■ サイズ  : F
■ 機構   : カートリッジ・コンバーター両用式 / キャップ 嵌合式
■ 長さ   : 約124mm (収納寺)/  約134mm(筆記時)
■ 太さ   : 約12mmφ  / キャップ径:約13.5mmφ
■ 重さ   : 約16g

Namiki Falcon

    - ナミキというブランド -

 「ナミキ」は、万年筆好きなら誰でも手に入れたいと一度は思う。漆で装飾された蒔絵万年筆は海外でも評判が高い。
 そして、このファルコン。実は、1970年代に日本万年筆専門店会がパイロット社に依頼して、共同制作した「エラボー」という万年筆が海外ではナミキ・ファルコンという名で販売されている。現在、残念なことにナミキ・ファルコンを日本の万年筆店で見ることはできない。並行輸入品として購入するしかないのだが、そこは、日本のパイロット社製のこと、実際に試し書きをしなくてもペン先の調子に不安はない。私は2本目のファルコン・SM をこうして購入した。

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 私は、幸運にもまだ日本でナミキ・ファルコンを試し書きできる時に1本目(SF)を購った。手にした時、「普段使いの実用には最高だなぁ」と思って早速に持ち帰った。

    - フォルムに魅力が -

 まず、そのサイズだ。小型と中型の中間の大きさで、出先でメモを取るのにも自宅で手紙を
書くのにも、ちょうど良い大きさであり書いていて疲れない。
 次に、そのペン先の柔らかさだ。柔らかいが、同じパイロット社のファルコンに比べて少し腰があるので、書いていて気を遣わない。ゴシゴシと書ける。少し出過ぎかなと思うくらいインクフローが良いので、筆圧をほとんど加えなくても豊かにインクが紙に吸い込まれていく。
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 独特なペン先の形状。ファルコンの最も特徴的なところは、ペン先の中程からなだらかに盛り上がって段になっていることだ。どうもこの段が柔軟さに加えて弾力を生んでいるようだ。他にはないこのペン先も遊び心で見れば楽しい。

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 クリップの形が良い。刀の反りを思わせる独特な曲線が見ていて飽きない。多くの万年筆とは逆で、ボディ側に反っている。これは、胸ポケットに差し込んだ時、クリップとボディとの接触幅が広いので、万年筆がより強く固定される構造だ。加えて、ポケットから抜き差しする時に、ポケットの生地を傷めない効果もある。

 何よりも書き心地だ。日本語を書くためには最適なペン先をしている。イリジウムは丸く研がれているので、どの方向に線を引いても心地よく付いて来てくれる。私は、漢字のトメやハネ、ハライを強調して書く癖がないので関係はないが、それを強調して書ける達筆な人にも、きっとこの万年筆は満足できるものだと思う。
 ともあれ、私にとってこの万年筆は日常に手放せない一本だ。

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    - よく知るために -

 同じパイロット社が、日本で販売している「パイロット・ファルカン」と「ナミキ・ファルコン」とは、ペン先の柔らかさで共通しているが、見かけは全く違う。最近、見つけたYouTubeの動画では、ナミキ・ファルコンを特殊加工して。パイロット・ファルコンの柔軟さを持つ万年筆で見事なカリグラフィーを紹介している。一見の価値はあるので、URLを付記する。

  http://www.youtube.com/watch?v=pRebkWHsHC0

 ちなみに、普通のナミキ・ファルコンは、このYouTubeのようなカリカリ音はしない。
 もし、書き味を試したいなら、万年筆店で「エラボー」を出していただくと、それがナミキ・ファルコンの書き味だ。

■ ペン先  : 14金
■ サイズ  : SF (Soft Fine)・ SM (Soft Medium)
■ 機構   : カートリッジ・コンバーター両用式 / キャップ ネジ式
■ 長さ   : 約136mm (収納寺)/  約152mm(筆記時)
■ 太さ   : 約11.5mmφ  / キャップ径:約15mmφ
■ 重さ   : 約18g

Pilot Decimo Darkgrey Mica

    - ノック式万年筆 -

 1963年にパイロット社が世界で初めてノック式万年筆を発売した。
 私が中学に上がった時、その祝にと親から貰ったものがノック式万年筆だった。40年近くも前のことになる。学生服の胸ポケットに差していると、大人になったような気がして嬉しかった。残念ながら、その万年筆はいつの間にかなくしてしまった。親不孝者である。
 その辛い思い出のせいか、私はノック式万年筆を敬遠していた。5年ほど前、電話を取りながら相手を待たせて万年筆のキャップを外してメモをとることがあった。こんな時、あの万年筆があればなぁ...とふと思い立ち、今はキャップレスと呼ばれているこの万年筆を購入した。
 京都では、セーラー万年筆なら伊勢丹、パイロットは高島屋である。昔は、街角の小さな文房具屋さんがたくさんあって、万年筆もそこで贖うことができた。時代の趨勢で、万年筆が高価な嗜好品となった今、比較的値の張らないこの万年筆は私にとって懐古的な蒐集の一つになってしまうかもしれないという思いがあったが、実際にはそうではない。実用として実に便利な万年筆だ。

    - 手軽に使える便利ツール -

 この万年筆は、他の万年筆を入れているペンケースとは違って、所謂筆箱式ペンケースに入れている。ジッパー開閉でざっくりと色々な物が入る。中には、シャープペンシル、その替え芯、ボールペン、ノック式消しゴム、蛍光マーカー、定規などを入れている。このペンケースさえあれば、どのようなシチュエーションでも筆記には困らない便利ツールの集まりなのだ。デシモも私にとっては、便利ツールだ。
 日常だけでなく、旅行に出かける時、デシモは必需品だ。さっと出してすっと書ける。目的地が見当たらなくて、電話で道順や目印などを聞きながらメモを取る。キャップを落とす心配がないので安心して使える。
 デシモが便利な理由は、もう一つある。万年筆には、この角度、このペンポイントが一番気持ち良く書けるというスウィートスポットがあるが、デシモはそのスウィートスポットが広い。まるでボールペンか鉛筆のようでありながら筆圧をかけずに軽く書けるのだ。

    - キャップレス万年筆 -

 パイロットのキャップレス万年筆には多くのタイプがある。私がデシモを選んだのは、他に比べてボディが細いからだ。他のタイプより一回り細くて手軽さ感がある。あくまで手軽にかつ気楽に使える。これが私のキャップレス万年筆に持っているコンセプトだ。
 手軽にといっても妥協はしたくない。ペン先は18金で柔らかい方が良い。ボディの色は日常に溶け込むグレーが良い。
 パイロットのキャップレス万年筆は、その機構も優れている。ペン先を収納する時は、シャッターという仕掛けがペン先が繰り出される穴を塞いで埃が入るのを防ぎ、ペン先が乾かないようにする。ボディの中には、カートリッジを守りながらペン先まで続くパーツがある。
 世界的に有名で日本が誇れる技術が、この値段で良いのかと余計な心配をする。ボディなどが大量生産であることは知っているが、ペン先の最終段階の調整は、人の手によるものであることも知っている。パイロット社には敬服する。

【ペン先・機構等】

 ■ ペン先 : 18金 文字幅 M
 ■ サイズ : 長さ 約140㎜(収納時) / 約137㎜(筆記時)軸径約12mmφ
 ■ 重 さ : 約21g
 ■ 機 構 : ノック式 カートリッジ/コンバーター両様式
 ■ 仕 様 : <軸さや> アルミ 塗装 <ヘッドクリップ> ステンレス+特殊鋼
          <ノブ> 黄銅・ロジウムメッキ

パイロット カスタム742 ファルカン

 私が持っている万年筆の殆どが外国のものだが、国産のものも何本かある。国産万年筆に触手が伸びない理由は、その外見だ。ドイツやイタリアの万年筆のデザインを基本にして、そこに少しお醤油テイストを加えた感が否めない(あくまでこれは個人的な感想だが)。

 メイドイン日本を売りにして「どうだ!」と主張しているのは、たいて漆に金箔の蒔絵万年筆だ。最近は、その蒔絵万年筆もようやく洗練されてきて、ボディも蒔絵にふさわしいメイドイン日本の形になったものが売り出されている。
 純然な「日本デザイン万年筆」が世界の愛好家に再度評価されるようになるのは、時間の問題だと思う。(昔、日本の蒔絵万年筆が世界的にとても高く評価された時代があった。)

 ただ、現代の世界に誇れる日本デザイン万年筆は値段が高い。この値段なら外国の高級万年筆で、まだ手に入れていないものを買おうという気持ちになる。故に、私が持っている国産万年筆は少ない。

 惜しくもあり悲しいことは、日本製の万年筆のペン先の精緻さだ。悪いのではない。その全く逆で、国内メーカーのどの万年筆もペン先は、その弾力性といい、滑らかさといい、インクフローの良さといい、どの点においても、世界一だと思う。外国製の万年筆は、同じ型番のものでも、一本一本ペン先の調子が違う。自分に合ったペン先を探すのには、複数の同じ型番、同じ字幅を揃えて備えている百貨店の万年筆売場か相当大きな文具店で、全て(といっても、2・3本だが)出していただいて、それらから一本を選ぶしかない。時には、数店の万年筆売場を巡って、一本を選ぶこともある。

 その点、国産の万年筆は、安価なものから高価なものまで、それぞれに応じてペン先の調子は一定だ。この型の万年筆はこのペン先と決まっていて、どこで購入しても変わらないので安心である。
 厳密に言えば、ペン先の「ずれ」が0.0数ミリ単位であるものも稀にあるが、気に入らなければ、そこは国産のこと、「もう一本出してください」と言えば、2本目が出てきて、たいていはそれで気に入る。

 さて、ここからが本題。パイロットのファルカンは、以前から気になっていた1本だった。手に入れようと思ったきっかけは、最近購入したペリカンの復刻版万年筆M101Nトータスシェルブラウンのペン先の装飾があっさりしているところだった。

  (上の写真の3枚目:上がファルカン、真ん中がM101N、下がペリカンM800のペン先)

 昔のペン先はどの万年筆もメーカー名や金の純度を示す数字だけが刻印されているだけで、装飾には意を介していなかった。ペリカンの復刻版も例外ではなく、昔の一般的なペン先である。
 ペン先の装飾がうるさくない。見ていて飽きないの色合いだ。ペン先の金色にも色合いがある。ファルカンも同じく良い色合いの金色だ。装飾は上の写真のように極めてあっさりしていて煩くない。
 これは、ファルカンのペン先を柔らかくするために地金を薄くする必要がり、深く刻印することが不可能だから自ずからできるだけ装飾を避けているのが理由だ。
 左右を半月に切り削いでいる特殊な形もひたすら柔らかく撓(しな)るようにするためだ。

 パイロット・カスタムは、父から譲り受けて使っていたので、軸のバランスやインクフローの良さは知っていた。期待どおり、このファルカンも両方とも良好である。
 大きさは、収納時にペリカンM800と同じくらい。ペンクリップの根本から下までの長さは、数ミリの差で、クリップより上部がファルカンの方が、やや長い程度である。持った感じではM800より数ミリ同軸が細く思う。キャップを尻軸に差し込んだ筆記時には、M800より8㎜短くなる。つまり、キャップが深く入る。

 総合的に見れば、ファルカンの意図である日本語を毛筆のように書くための万年筆というコンセプトを見事に実現している。ペン先は無類の柔らかさである。筆圧の低い私が細字用にと思って購入した目的は十分に果たされる。


 よく滲む「ペン・毛筆両用」の便箋に書いてみた。普通の紙だと、上の写真6枚目(ロディア)の細さになる。ちなみに、この文字には殆ど筆圧をかけていない。撫でる感覚で書いた。



 筆圧のかけ方で、線の太さは様々に変化する。
全く筆圧を加えず、ペンの重さだけで書ける線はもっと細い。


 ペン先の写真(再掲)
 見やすくするために、写真を大きめにした。(少し暗い・・・)実物の明るさや輝きは、上の4枚目の写真そのものなのだが。刻印は、上から 【 PILOT 14K-585 10 FA 】 とある。


 ファルカンの難点は、試し書きをしようとしても店頭に置いている店が非常に少ないことだ。実際、私は京都にある百貨店全てに尋ねてみたが、どこにも置いていなかった。今年の6月に京都の某百貨店で催されたペンクリニックで、パイロットの調整師さんが持っておられたファルカンを貸していただいて試し書きをさせてもらっただけであった。言うまでもなく、これは書き心地が良くて当たり前だ。

 8月の終わりに暇ができたので、大阪の百貨店に電話で尋ねたところ、1店だけファルカンを置いているとのことだったので、早速行ってみた。思うとおりの柔らかさだったが、残念なことにペン先が少しひっかかる感じがあった。ルーペで見た訳ではないが、恐らくほんの僅かペン先の左右にずれがあったのだと思う。外国のものなら十分に許容範囲で、その場で購入していたと思う。しかし、精度を誇る日本製万年筆のことだから、普通なら分からないであろう少しのずれが気にいらず購入しなかった。

 大阪まで来たのだからと思って、念のために他の百貨店にも電話で尋ねてみた。するともう1店だけカスタムではないが、「ヘリテイジ912」でファルカンのペン先があるという所があったので、その足で行ってみた。早速、試し書きをしてみたところ、今度は完璧な書き味だった。だが、ヘリテイジはペン先もクリップもロジウム仕上げで銀色なので、購入しなかった。

 今日9月10日は、JR京都伊勢丹でペンクリニックが開催されている。万が一、ペン先に不満があればそのペンクリで調整してもらう覚悟で、通販の大手、「ペンハウス」で購入することにして、何とか今日までに間に合うよう無理をお願いしたところ、一昨日にカスタム742FA(ファルカン)が届いた。
 ペン先を調整してもらう必要はなく、こうして今日は自宅でこの原稿を書いている。
                (4枚目の写真は「ペンハウス」提供のもの)

 ちなみに、同じカスタム・ファルカンでもペン先が一回り大きい15号のカスタム743があるが、メーカーがその装飾の精巧さを強調しているキャップリングや他の装飾が私にはかえって邪魔なので、それと迷うことはなかった。

【ペン先・機構等】
■ ペン先: 14金(10号)文字幅:FA
■ サイズ: 長さ:約146mm(収納時)/約160mm(筆記時)/ 最大胴軸径:約12.8mmφ キャップ径:約15.7mmφ
■ 重 さ: 約25.0g
■ 仕 様: 軸さや:樹脂 / 両様式 コンバーター(CON-70)付