OMAS 360

    - オマスがなくなる -

 オマス360(スリーシックスティ)は、書き手の筆記角を強要するものだと思って敬遠していた。先に掲載した「パラゴン」と「エクストラ」さえ持っていれば、それで十分だと思っていた。事実、この万年筆は、ペン先とボディの角度を変えてくれる万年筆店があるくらいだ。
 しかし、結論から言うと、私のその考えは、いわば食わず嫌いの感があったのだ。初めて手にした360は、パラゴンやエクストラと同じように、やはりオマス独特の人を魅了する書き味だった。なぜ、あの時、全体が丸いクラシカルなタイプの360を買っていなかったのだろうと今では後悔している。
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 この両端が切り落とされたような形の万年筆には、常に革新的であったオマスの精神があるように思えて一本贖ったのだが、私の食わず嫌いがまさに食わず嫌いであったことを雄弁に証明してくれた。確かに、筆記角は強要される。ペンを回すことはできない。しかし、持ち方によってわずかにペン先と指の関係が調整でき、ペンを回すことなく思った文字が書ける。そのわずかな調整を私は見逃していた。愚かであったと今はつくづく思う。
 これからも手に入るなら、こんなにも後悔はしなかっただろうと思うが、それが不可能になった。このように書くことの楽しみを味わわせてくれる万年筆メーカーが廃業するのは、極めて悲しいことだ。2016年2月にオマスは廃業した。

    - オマスの歴史 -

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 OMASすなわち、Offinica Meccanica Armando Simony
(アルマンド・シモーニ工房)の創業は、1925年のことだ。芸術家であり技術者でもあったシモーニは、創業当時、「万年筆は、書く喜びを与えるものでなければならない」と明言している。12面体の万年筆や体温計を内蔵したドクターペンなどの革新的な万年筆を世に送り出し、1930年代にイタリア王室からイタリア王室騎士勲章(カバリエール)の栄を与えられ、ボローニャで産声をあげた小さな工房が世界的に有名な万年筆メーカーの仲間入りをした。1996年に三角形という革新的な形のボディを持つオマス360を世に送り出した。オマスの拘りは、そのデザイン性、革新性、職人による手作り、貴重な素材だ。その後も、アルテ・イタリアーナやボローニャなどを発売し、新作と共に今も12面体のパラゴンと360には根強いファンがいる。
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    - 茶軸とゴールドトリム -

 私がこの茶色の軸にローズゴールドのトリムとペン先とに出逢ったのは、東京の書斎館でのことだった。このシリーズには4色の展開がある。ファインブラック、ブラウン、ブルーパール、ボルドーだ。そのうちゴールドトリムはブラウンかブルーパールだ。ゴールドトリムが欲しかったので、ブルーパールかブランになる。これを求めるため最初に訪れた時はブルーパールしかなくニブはBだった。
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 書斎館の暗い灯りの下では渋いブルーだったが、表に出て見ると鮮やかすぎるブルーだったので見送った。再度、訪れた時、この茶軸、ニブFがあったので今度こそはと贖った。
 黒軸にローズゴールドは私の好みではない。この茶軸にローズゴールドのトリムは何とも言えず似合っている。ローズ色が主張し過ぎないせいか、しっとりと落ち着いて見える。三角形の軸だから机に置いてもそのままクリップが上に向いて、見ていて飽きない。








■ ペン先 : 18金 ローズゴールドフィニッシュ /  文字幅 : F
■ 機構  : カートリッジ・コンバーバー両用式
■ 長さ  : 147mm(収納時) /  約177mm(筆記時)  軸径最大:約15mmφ
■ キャップ径 : 最大:約16mmφ (クリップを除く)
■ 素材  : コットンレジン /  ローズゴールドフィニッシュ・トリム
■ 重さ  : 約24g

OMAS BOLOGNA Blu Madreperla

    - オマスの万年筆 -

 オマス社の万年筆が、また国内で手に入るようになった。ここ数年前、最近のことだ。オマスの万年筆が一時期日本の市場から消えたのは10年以上前のことだと思う。代理店が全て撤退したのだ。
 先に記事を掲載したオマス・パラゴン(2011年8月5日)を京都の「文明商社」で奇跡的に手に入れた時は、小躍りするほどに喜んだものだ。暫くして、喜んだ思いとは裏腹に、もう日本では2本目は手に入らないという寂しい気持ちが頭を擡げて、どうにかならないものかとオマス探しを続けた。それほどパラゴンは私を魅了したとも言える。
 4年ほど前、息子がイタリアへ行った時、ローマから電話をくれた。私の万年筆好きは元より承知していて、万年筆店に立ち寄ってくれたのだ。土産に一本買ってくれるとのことで、どのようなペンが良いかと尋ねるのが電話の用件だった。私は一も二もなく、オマスはあるかと聞いた。彼は万年筆店から電話してくれていたので、たくさんあると即答した。サイズや機構など私の望みを告げたが、私も運転中だったので、大旨のことだけを知らせ、あとは任せることにして電話を終えた。
 息子が帰国して、立派な箱に入っているよと言いながら手渡してくれたのがこの万年筆だ。

    - オマス ボローニャ マザーオブパール・ブルー  -

オマス創設80周年を記念してデザインされたボローニャコレクションは、
高級筆記具に新たなデザインを与えるべく改良されました。
円くバランスの取れたボディが、より快適な書き心地を生み出しています。
新しいデザインとしてボローニャ市のシンボルであるポルティコ(アーケード)が、
14金のペン先に彫刻されています。

<オマス公式ホームページより抜粋> 

 オマスの公式ホームページには、このような説明が載せられている。なるほど、この万年筆の最大の特徴は、ペン先の彫刻だと思う。キャップトップの尖り帽子の形は昔から変わらない。他のメーカーより一条多く切られたキャップのネジも変わらない。キャップの装着と取り外しに一回転余分に回さなければならない点も一手間かかるオマスらしい。
 ボローニャの印象はパラゴンに比べて、普通度が増したことだ。重さや大きさ、キャップを尻軸に差し込んだ筆記時の長さなどが、全て平均的になっている。従って、他の万年筆との違和感がない。普段使いに相応しい万年筆だと思う。

    - 「マザーオブパール・ブルー」の色 -

 土産としてもらったので、目の前で早速箱を開けてみた。その時、奴さんは少々驚いたように「黒だと思っていた」と打ち明けるように言った。よほど照明を落とした落ち着いた店だったのだろう。オマスのホームページを見ると、名前のとおり鮮やかなブルーに写っている。しかし、実際は限りなくグレーに近いブルーだ。マーブル模様にマイカを散りばめたレジンを削り出したものなので、一本一本違う色合いになる。太陽光、白熱電球、蛍光灯とその照度によって色が深くなったり明るくなったりする。
 私は最近訪れた東京の万年筆店(後にブログで紹介)で同じ経験をした。日本ではあまり目にしないフランス製の万年筆で気に入ったものがあったので、試し書きをさせてもらおうと、ショーケースから出していただいたところ、黒だとおもっていたボディーの色が鮮やかなブルーだった。
  そのブルーは遠慮したが、このオマスは大変気に入っている。落ち着いたボディーの色と飽きのこないデザインは、机の上に置いていて眺めているだけでも楽しい。書き味も良いので、かけがえのないの一本だ。

【ペン先・機構等】

■  カートリッジ/コンバーター両用式(コンバーター シルバー付属)
■  ペン先: 14金 文字幅M
■  長さ: 約137mm (収納時)/ 約162mm(筆記時)
■  最大胴軸径: 約13mmφ キャップ径:約14mmφ (クリップを除く)
■  重さ: 約29g  【素材】 レジン

OMAS EXTRA 555

 何年か前から数年間に渡って、オマス社の万年筆は、日本では手に入らなくなった。 詳しい事情は知らない。突然、店頭から姿を消し、通販各社もオマスのページを閉じた。幸いな ことに1年ほど前から日本での販売を再開した。オマスファンの私にとっては、嬉しいことだ。
 ただ、これと思った物は、かなり値が張るようになった。本社のあるイタリアでは従来とあまり 変わらないということだが...。

     ネットで落札した万年筆
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 ともあれ、日本ではもう手に入らないと思っていた私は海外のネット通販か、イタリア本国で買うしかないと思い込んでいた。実際、イタリアの万年筆店で一本購入した。 この"EXTRA 555"は、常々見ている万年筆のネットオークションに出品されたデッドストック品だった。新品とはいえ、1990年代の初めに売り出されたものだったので、保管状態に多少の不安はあったものの競り落とすつもりで入札を繰り返し落札した。

 通常、試し書きもせずに高価な万年筆を購入することはないが、この万年筆は、昔ながらのエボナイトのペン芯でペン先を丸ごと引き抜いて調整できるとのことだったので、手に入って不都合があれば調整すれば良いと思ってのことだった。

 手許に届いた時、外見上は何の問題も無かった。擦れ傷や色褪せもなく新品そのものだった。箱も当時のオマスの箱に入ってきた。しかし、ペン先が少し出過ぎていると思ったので、自分好みにするため、ペン先を引っこ抜いて、深く差し込み直した。深く差し込んだためにペン先が手元に1.5㎜ほど近づいて、ペン軸の細さにちょうど良い位置とバランスになった。

     往年の技術に対する愛おしさ

 書き心地は上々だ。18金の柔らかさもほど良く、なめらかな滑りとインクフローも申し分ない。同じオマスでもパラゴンやアルテイタリアーノとは違う書き味を楽しませてくれる。

 ピストンフィラーの機構も確り作られていて、上の写真、8枚目と9枚目に載せた尻軸を収めると、継ぎ目は全く分からない。

 サイズは、収納時:約130㎜、筆記時:約160㎜、軸径約12㎜

 全て自分で計ったので、正式な仕様書とは若干異なるかもしれない。軸の細い中型万年筆という独特のフォルムだ。ボディの重さは量っていないが、非常に軽くふわっと握る細い毛筆の感がある。

 ちなみに、この"EXTRA 555"は、発売開始後に同型透明のデモンストレーターを出している。蒐集家の中には、デモンストレーターにはインクを入れないという人もいる。それほど、希少価値の高い貴重な万年筆と言える。

 私は、自分でブレンドした淡いブルーブラックのインクを入れて、書き心地を楽しんでいる。

OMAS Paragon

 「文明商社」といういかにも古そうな名前の万年筆専門店が京都にある。創業は90年以上前の老舗である。私は父に連れられて初めてその店に行った。その当時は、まだ高校にも上がっておらず、万年筆に特に興味があった訳ではなかったので、父の万年筆購入にただ付き合わされただけのことだった。しかし、その時、父は「この万年筆屋さんが京都で一番有名な店や」と、店の主人と私のどちらに言っているのか分からない風情で少し自慢気に語ったことを覚えている。店の印象は、街角のごく普通の「文房具店」だった。失礼ながら、安価なボールペンや鉛筆が所狭しと陳列され、高級感は感じられなかった。(父が自慢気に言ったことを疑った訳では毛頭なかったが。)

 父は確かパイロットの万年筆を購入したと思う。興味がなかった私は、何故一本を購入するのに、ああだこうだと店の主人と話しているのか理解できなかった。購入した万年筆を包装し終えた店の主人がそれを父に渡すと、私が少し退屈しているのを知ってか、そそくさと店を出て、そのまま家に帰った。夕暮れ時のことだった。

 文明商社を私が二度目に訪れたのは、それから20年ほど経ってのこと。ふと父の言葉を思い出して、万年筆に興味を持ち、蒐集らしきことを始めていた私は、何を買う目当てもなく、店を訪ねた。
 店の印象は変わっていなかった。愛想の良い女将さんが、「何をお探しですか」と訪ねてくれたので、万年筆に興味があることを告げると、「こんなんも最近入りました」と次から次へと他店では見られない珍しい高級万年筆を新旧関係なく出してきてはその万年筆について説明してくれる。
 その中で一本、私の目を引いたのがオマス・パラゴンだった。この万年筆は少し前から知っていたが、実物を見たのは始めてだった。今思えば、すでに製造中止になっていたのかもしれない。残念ながら、その時は持合わせがなく買うことができなかった。第一、そんなつもりで店に入ったのではなかった。一通り、万年筆を観賞させてもらって、その時は、「いつか、このオマスを戴きにあがります。」と言って店を出た。

 それから7年ほどが経って、あることがきっかけでどうしてもあのオマス・パラゴンが欲しくなった。インターネットで探してみると、どの店も完売だった。もちろん、買うなら文明商社でと思っていたが、まだあるかどうか。
 2008年12月に三度、文明商社を訪れた。パラゴンはまだ、ショーケースにあった。「売れへんし、メーカーがこの万年筆を返して欲しいって言わはるから、もう返そうと思ってましてん。」と女将さんが言う。あと、一ヶ月遅ければ、この万年筆は一生私の手には入らなかったかもしれない。女将さんは、「書いてみはりますか」と気軽にパイロットのブルーインクを出してくれた。言葉に甘えて、試し書きをしてみた。
 まず、驚いたのはボディの軽さだった。(ベジタブルレジンという特殊な素材)次いで、驚いたのは、切れるような書き味だった。今までに経験したこのないペン先の感触である。18金の柔らかな腰なのにペン先を弛まさずともしっかり紙の表面を捉えてインクを沁み込ませてくれる。日本刀のような鋭い刃物が力を入れずとも紙を切るような感じだ。私はすっかりこの万年筆に魅了されてしまった。

 女将さんにそのことを伝えると、箱を奥から出してきて、「このとおり箱も汚れてるし、千円まけときます。」と売り出された当時の値段からまだ値引きしてくれた。倍の値段でも売れただろうにと後で思ったが、そのときは素直に女将さんの言葉に甘えた。
 それから今まで使っているが、機構上何の問題もない。ただ、女将さんがこの万年筆をきっと長年磨き続けてきたから、キャップリングの雷文が少し掠れている。それもまた、この万年筆が、長年ショーケースに入っていて女将さんがせっせと磨いていた為だと思うと、奇跡的に残っていて私の手に入ったことの証のように思われて愛おしい。


ペン先の装飾も手製らしい。





  OMAS Paragon
  字幅:M ペン先:18金 ペン芯:エボナイト
  ボディー:ベジタブルレジン 12面体 ピストン吸入式
  キャップを尻軸に差すとモンブラン149より長く、インクタンクも149より
  大きいので沢山のインクが入る。