Pelikan Souverän M800
小さな秘密・・・
他の買い物をした後、殆ど必ず万年筆売場を覗く。ショーケースに並んでいる万年筆を見たり、時々新しい物が陳列されているのを見たりと徒然に時間を過ごす。
この万年筆と出逢ったのもそんな時だった。本当の目的だった買い物が何だったのか今は思い出せない。すっかり店員さんと顔見知りになっていたので、新しいものが入ったり、イベントの予定があると教えてくれる。時にはショーケースから出してもらって試し書きをする。店員さんと万年筆談義をすることさえもある。
そんな某店員さんがこう教えてくれた。今はそんなことはしていないということなので、紹介しても良いだろう。時効だ。ちなみに、その店員さんも今は店におられない。
今のように万年筆が小さなブームになる前の話だ。伊勢丹で年に一回、ペンクリニックが催される。大阪や神戸でペンクリニックがあれば、長蛇の列ができるが、京都では、そのようなことはない。長く待ってもせいぜい2、3人後だ。ましてや、何年も前の話となると、順番待ちの人が列を作ることなどなかった。
セーラー万年筆のペンドクター、川口弘明氏がそのペンクリニックにやって来られる。私は神戸で川口氏のペン先調整を経験していたので、その腕前と調整の心得をよく知っていた。万年筆を調整するプロの調整師は何人もおられるが、それぞれ調整の仕方や考え方が違う。従って、調整する人によって万年筆は全く別の書き味になる。壊れた所を修理をするのは簡単だ。
しかし、依頼人の書き癖や好みを見抜いて調整し、ぴたりと満足させるのは極めて難しい。川口氏はそれができる数少ない人の一人だ。豊富な経験と、その経験で培われる技術と見識が重要なのだ。川口氏の人気は高い。全国に川口氏の調整を信頼している人が大勢おられる。
伊勢丹の店員さんが私にこっそり教えてくれたことは、「川口先生がうちに来られた日は、暇がある時には、少し不具合のあるペン先を見つけては、調整して帰られるのですよ。」ということだった。ただし、海外のもので調整の甲斐がある見込みのあるものだけらしいが。
「この万年筆は、川口先生の調整済みです。」
聞けば、値札の裏にこっそりと目印が付けてあるらしい。それを見せていただくと、何本かの万年筆の値札の裏には、インクで小さく目印が付いていた。その万年筆の中に、ペリカンM800が一本あった。私はすっかり興味を引かれ、早速試し書きをさせてもらった。ボディはボルドーの赤縞だったが、そんなことは関係ない。書き味は、それまでに持っていたM800とは全く違い、スラスラ感とヌラヌラ感が心地よく、「買うしかない」と即決した。
私が持っていたM800(緑縞)は、ペリカンのフラグシップで1997年にペン・オブ・ザ・イヤーを受賞している。既に持っている緑縞のことを、購入の際の会話の中で何気なく言うと、
「今度は、黒にしてはどうですか。ペン先が気に入られたのならボディは交換します。」
と提案してくれた。私は提案通りに、黒のボディに交換してもらった。ペリカンはニブがネジ式なので簡単にペン先とボディを交換できる。
こうして私はこの万年筆を手に入れた。
ペリカンの蒐集
このM800で、私はすっかりペリカンの虜になった。その後も数本M800を購入し、それぞれの書き味を楽しんでいるが、全てのペリカンM800の基本はこの万年筆にある。この万年筆の書き心地を基準にして購入し、調整した上で使っている。
上の写真、10枚目は同じM800だが、ペン先を大きく前に出して、スイートスポットを変えている。もちろん、これはペリカン社の基本から外れた使い方だが、このような調整もできるところがペリカンの魅力でもある。
私が使っているM800は、一本のみ文字幅Bだが、その他はMだ。同じMの文字幅でも、それぞれ線の太さと書き味が違う。用途によって使い分けているが、文字を書くことを楽しむという一点だけで考えるなら、この黒ボディのM800が一番である。
他の万年筆は職場に持って行ったり、出張にお供させたりするが、この万年筆はペリカンの自宅用ペンケースに入れて、書斎に置いている。外では使いたくない万年筆なのだ。
文字を書くことを楽しむ万年筆だから。
【ペン先・機構等】
■ ペン先 : ロジウム装飾18金 / 文字幅 : M
■ 機構 : 吸入式
■ 長さ : 142mm(収納時) / 約166mm(筆記時) 軸径最大:約13mmφ
■ キャップ径 : 最大:約15mmφ (クリップを除く)
■ 重さ : 約28g